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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7102号 判決

原告

医療法人双葉病院

右代表者

鈴木市郎

原告

鈴木市郎

右両名訴訟代理人

戸田満弘

外一名

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

根本真

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告病院が昭和三六年に設立された精神病専門の医療法人であり、原告鈴木が同病院の理事長であること、仙台国税局が原告病院の昭和四三年度から昭和四五年度までの法人税法違反の嫌疑をもつて昭和四七年二月二一日から同月二七日までの間原告病院等の捜索、差押えを含む査察調査(いわゆる初動調査)を行つたこと、原告病院に対する右査察調査を指揮監督した仙台国税局調査査察部長渡部誠夫が昭和四七年二月二八日、福島民報、河北新報及び福島民友の各新聞記者の取材に応じ、原告病院が経費を水増しして過少申告をしており、脱税した金員を理事長である原告鈴木の医科大学入学金や病院設備の拡張資金に充てていたものと思われる旨答えたこと、福島民報、河北新報及び福島民友が右取材に基づき翌二月二九日の各朝刊に、「双葉病院、数千万円を脱税、理事長が他事業への流用」「双葉病院は、昭和四三年度に七三二四万八〇〇〇円、同四四年度に七七八一万三〇〇〇円、同四五年度に一億〇九八五万二〇〇〇円の各収入があるのに、それぞれの所得申告額は、昭和四三年度が五二八万六〇〇〇円、同四四年度が四二四万三〇〇〇円、同四五年度が一〇九六万四〇〇〇円であつて、これは、経費を水増しした過少申告であり、残りの収入を隠していた。脱税した金は、鈴木市郎理事長が大学の入学金に充てたり、他の事業に費消していた。」旨の記事を掲載したことは、いずれも当事者間に争いがない。

なお、原告らは、渡部誠夫が右新聞記者の取材に応じた際、原告病院の過去三年間における脱税額は数千万円である旨答えたと主張するが、〈証拠〉によると、渡部誠夫が右取材に応じた際、記者から「脱税額はどのくらいに達する見込みか。」との質問があり、同質問に対しては、「額については、今後の調査を待たなければならない。」と答えたところ「数千万円に達するのか。」との質問が再度あり、これに対しては何も答えず、肯定も否定もしなかつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

また、原告らは、渡部誠夫は新聞記者の質問に対し、脱税した金員を自己の他事業に流用した旨答えたと主張し、昭和四七年二日二九日の各新聞に「双葉病院、数千万円を脱税、理事長が他事業へ流用」との記事が掲載されたことは前記のとおり争いのないところである。しかしながら、渡部誠夫が右質問を受けた際、新聞記者に対し、右のような内容の事実を述べたと認めるべき証拠もない。

二原告らは、原告病院が経費を水増しして法人税を逋脱し、それによつて浮かした金員を原告鈴木の大学の入学金や病院の設備資金等に充てた事実はなく、渡部誠夫が新聞記者に答えた内容はいずれも虚偽であると主張するので、まずその点について判断する。

〈証拠によれば、次の事実が認められる。

1  仙台国税局調査部査察課において、同局管内(東北六県)の精神科の病院十数軒について原価比率等を比較検討しモード分析表を作成したところ、原告病院の薬剤費比率が他に比してかなり高率であり、原告病院の増改築資金の出所についても疑問がもたれたうえ、査察官及び第三者からの情報等から、原告病院に法人税法違反の嫌疑が濃厚であると判断して査察立件を決定し、裁判所から原告病院、原告鈴木の居宅等について国税犯則取締法に基づく臨検、捜索、差押許可状の発付を受けて昭和四七年二月二一日、同局査察課長川辺修の指揮の下総勢一九名をもつて原告病院、原告鈴木の居宅等九箇所の臨検、捜索、差押の強制調査を行い、同月二一日から二六日にかけて銀行、証券会社等について任意による査察調査を行つた。

2  右調査と併行して、昭和四七年二月二一日、同二二日及び同二六日の三回にわたつて査察官において原告鈴木に対し質問調査を行つたところ、同人は、第一回は返答を保留して供述しなかつたが、第二回、第三回にかけては具体的な数額こそ明示しなかつたものの、原告病院が火災に遭い入院患者が死亡した場合の補償金、病院の建物の建築修理資金及び自己が医科大学に入学するための入学金等の資金準備が必要と考え、昭和四一年ころから、原告病院の法人税に関する所得申告において賄材料費や接待交際費等について架空のものを計上したり、薬品購入の際無償で添付される薬品を通常の価格で仕入れたように処理するなどして剰余金を作り、同金員を福島相互銀行浪江支店の山口忠なる架空人名義の普通預金口座に一旦預け入れたうえ、同金員をもつて水戸証券いわき支店で管原貞子なる架空人名義で株式あるいは国債を購入したほか、自己が北里大学に入学した際の入学金一八〇〇万円に充てたり、原告病院の増改築、乗用車の購入費用(約三三万円)に充てたりした旨供述するに至つた。

3  また、原告病院作成の各年度の損益計算書によると、原告病院は東京衛材株式会社から昭和四二年度は金七八万九四五〇円、同四三年度は金二九五万二六五〇円、同四四年度は金七四万円、合計金四四八万二一〇〇円、三東薬品商会から昭和四二年度は金五二万〇五五〇円、同四三年度は金一七二万七七二〇円、同四四年度は金八〇万二七六円、同四五年度は金一四四万五一〇〇円、合計金四四九万九六四六円の薬品を購入したこととなつており、これを示す仕入台帳、買掛台帳、納品書、請求書が存在し、更に、都内千代田区神田鍛冶町二丁目一〇番地所在の第一勧業銀行神田駅前支店に三東薬品商会代表千葉俊夫名義の普通預金口座が存在したが、調査を進めたところ、両会社とも納品書、請求書の肩書地に所在せず、東京衛材株式会社の方はかつて同名の会社が実在したが、同会社は粉末ジュースの販売を営む会社で、しかも昭和三六年ころ倒産しており、右三東薬品商会の普通預金口座も原告鈴木が昭和四三年一一、二月当時常陽銀行堀留支店に勤務していた木村多一に依頼して開設したもので、通帳と印鑑とは同人が預かり、原告鈴木から事前に電話連絡のある都度同人において預金の払出しを受け、これを原告鈴木に交付していたものであることが明らかとなり、右両社からの薬品の購入は架空なものと判断されるに至つた。

4  更に、原告病院の昭和四三年度の決算書によれば、原告病院は同年度に吉川文子からの借受金三〇〇万円を返済したことになつているが、査察調査の際押収したメモには「借入金三〇〇万円、経費分割、領収証」と記載されているうえ、右吉川文子本人について調査したところ、同人は右貸付の事実を否定した。

5  そのほか、調査の結果、原告鈴木は福島相互銀行浪江支店、常陽銀行浪江支店、東邦銀行浪江支店に「小林誠」、「山口忍」等の架空人名義の普通預金口座を設けているほか、水戸証券いわき支店、日興証券福島支店等で「管原てい子」、「山田正吾」等の架空人名義で株式等の売買を行つていることが判明した。

6  大学の入学金についても、調査の結果、原告鈴木は昭和四五年春、都内で病院を経営している島田信義の紹介で北里大学に入学することとなつたため、そのころ入学金として金一八〇〇万円、謝礼として金二〇〇万円を支出していることが明らかとなつた。

7  以上のとおり、仙台国税局調査部査察課としては、本件犯則事件について調査によつて原告鈴木の供述を裏付ける証拠を収集することができたほか、収集した各証拠を照合検討した結果、原告病院として一応四二事業年度は約九一五万円、四三事業年度は約七一七万円、四四事業年度は約二一三万円、四五事業年度は約二三四万円、それぞれ所得申告において脱漏があつたものと認定できたが、犯則事件として告発するためには犯則所得金額以外の所得金額を確定して犯則所得金額を確定する必要があるところ、それがために必要な原告鈴木らの協力が得られないうえ、四二ないし四四事業年度については既に公訴時効が到来しているため、昭和四七年一〇月、修正申告、更正決定の方法によることとして告発を断念した。

以上の各事実が認められる。

原告鈴木本人は、三東薬品商会及び東京衛材株式会社からの薬品購入については、右二社の名称を使用するいわゆる現金問屋から現物と現金と引換えで真実薬品を購入した旨供述するが、〈証拠〉によると、原告病院の帳簿上、右三東薬品商会及び東京衛材株式会社に対する代金の支払いは、いずれも商品納入後、約一カ月後になされたこととなつており、その点において原告鈴木本人の供述とそごするのみならず、右供述によると、右両社との連絡方法は先方からの連絡以外に方法がないというのであるが、右両社から仕入れたと称する医薬品の中には薬事法により明確に取扱いを区分されている劇薬がかなり含まれており、このような薬品を連絡もとれない所在不明の相手方から買うことなど社会通念上到底考えられず、それらの点を考えると、原告鈴木本人の三東薬品商会、東京衛材株式会社に関する供述は不自然で、措信できない。

また原告鈴木は、薬品の購入が架空であるか否かはカルテから医薬品の使用量を算定しなければ断定することはできない旨供述し、〈書証〉を採用するが、前記認定のように原告病院の場合、添付品を通常の価格で購入したとすることによつて経費を水増ししたのであるから、単に使用薬品の量から薬品購入について架空なものの存否を判断することはできず、右甲号各証も前記認定をなんら左右するものではない。

そのほか、〈証拠〉、前記認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を覆す証拠はない。

そして、前記各認定事実に〈証拠〉を併せると、原告病院は、その他の経費を考慮に入れても昭和四二年度以降同四五年度までの間、少なくとも前記三東商会及び東京衛材株式会社から買入れたとする前記金額の分については各年度の所得申告において過少に申告し、右差額分を株式等売買の資金とするとともに、原告鈴木の大学入学金に充てたりしたものであることが推認される。

そうであるとするならば、前記渡部誠夫が新聞記者の質問に応じて答えた内容の事柄はいずれも真実というべきである。

判旨三ところで、渡部誠夫の新聞記者の質問に対する右応答は、前記事実から明かなように原告病院の法人税法違反嫌疑事件に関する事実で、右は公共の利害に関する事実に係るものであり、〈証拠〉によれば、同人は専ら一般納税者に対し、悪質な脱税が行われないように警告し、犯罪の予防的効果を目的とするとともに、申告納税制度の基盤となる納税道義の向上をはかり、国税犯則事件制度についての一般の理解と協力を深めるという公益目的で、前記二認定のような調査結果を踏まえて各新聞記者の質問に応答したものと認められるから、公表事実について真実であることが証明されたときは、その行為は違法性を欠き不法行為は成立しないものと解すべきところ、前記認定のように右応答の内容の事実は真実で、その証明があつたものといわなければならない。

そうだとするならば、右真実であることを示す資料の入手時期を問うまでもなく、前記渡部誠夫の行為は違法性を欠くものというべきである。

原告らは、本件のような税務当局者による未告発事件に関する公表については「真実証明」による違法性阻却の問題は生じないし、守秘義務が存在するから違法性が阻却されることはない旨主張するが、右のように解すべき法的根拠はないから、右主張は採用することができない。

八よつて、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 榎本恭博 生島弘康)

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